東京家庭裁判所 昭和38年(家)3442号 審判 1969年2月24日
申立人 林花子(仮名)
相手方 岡崎たつ(仮名) 外二名
主文
第一被相続人岡崎富次の遺産を次のとおり分割する。
一 相手方岡崎たつは、別紙目録記載(一)(二)(三)の土地および同記載(八)の借地権を取得する。
二 相手方岡崎憲一は、なにも取得しない。
三 相手方岡崎二郎は、別紙目録記載(四)の家屋を取得する。
四 申立人林花子は、別紙目録記載(五)の土地を取得する。
五 相手方岡崎たつは、遺産分割調整金として、申立人林花子に対し金一七〇〇万円、相手方岡崎二郎に対し金四〇〇万円を、それぞれこの審判告知の日の翌日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を付して支払わなければならない。
第二審判費用中、鑑定人杉本治に支給の分合計
一一万円は、申立人において七万円、相手方岡崎たつにおいて三万五、〇〇〇円、相手方岡崎二郎において五、〇〇〇円を、各負担すべきものとする。
理由
以下摘示の事実関係は、特に証拠関係を記載したところのほか、本件記録および当庁昭和三四年(家)第二一八九号遺言執行者解任申立事件の記録に徴して認定したところである。
一 相続人と法定相続分
東京都○○区○○町○○○番地に本籍ならびに住所を有する岡崎富次(通称を長一とも富松ともいつた。)は、昭和二五年四月一三日死亡し、同人を被相続人とする相続が右住所において開始した。申立人林花子は被相続人と先妻きよとの間に生まれた長女として、相手方岡崎たつは被相続人の妻として、相手方憲一(通称光治こと)は被相続人と前示きよとの間に生まれた長男として、相手方二郎は被相続人と岡崎たつとの間に生まれた二男として、被相続人の遺産を共同相続したものであつて、他に相続人は存在しない。よつて、本件相続人らの法定相続分は、被相続人の配偶者たる岡崎たつが九分の三、被相続人の子たる林花子、岡崎憲一、岡崎二郎がいずれも九分の二である。なお、相続分の指定はなされていない。
二 相続財産の範囲および評価
本件相続開始時において存在した遺産は、別紙目録(一)ないし(九)に記載のとおりであるが、そのうち(六)(七)(九)は現存しないから、遺産分割の対象とすることができない。従つて、本件遺産分割の対象とすべき相続財産は、別紙目録(一)ないし(五)および(八)記載の物件に限られる。右のほかに、相続開始時において存在した遺産および分割の対象とすべき現存の相続財産は認められない。
別紙目録記載の各物件の相続開始時および審判時の評価額は、同目録記載のとおりであり、右の各評価は、(六)を除き鑑定人杉本治の昭和四二年一一月一六日付および昭和四四年一月三〇日付の各鑑定評価書による鑑定結果によつて認定し、(六)の評価は家庭裁判所調査官雨宮康之作成の調査報告書によつた。
五反田の宅地について。
別紙目録(五)に記載の東京都○○区○○○△丁目○○○番地の一、宅地三三三・六一坪(一一〇二・八四平方米)は、登記簿上の所有名義は申立外○○○○株式会社となつているが、本件相続財産に属するものと認定する。同地上には本件相続開始時から現在に至るまで申立外○○○○株式会社所有の鉄筋コンクリートならびに木造建の製氷冷凍工場建坪二三八・四坪と木造倉庫三〇坪とが存在する。同会社は、現在更生手続開始中ながら、なお、操業を続けているものであるが、その敷地たる前示宅地について借地権を有するものと認めるに足りる証拠はない。よつて、右宅地の価額については、借地権の負担がないものとして評価した。
別紙目録(六)(七)記載の物件について。
別紙目録(六)記載の東京都○○区○○町○○○番地所在、木造瓦葺平家建居宅一棟、建坪一五坪および同居宅の敷地たる別紙目録(七)記載の宅地六四坪に対する借地権が、相続開始時に遺産として存在したことは、当事者間に争いがなく、証拠上も認められるところ、申立人は、これを本件遺産分割の対象とすべきであると主張し、相手方らがこれを争うので、この点について判断を示す。
右(六)(七)の物件は、本件相続開始後、相続人の一員である相手方岡崎たつが管理していたが、その後同人が柏木某に売却したこと、(六)の建物は昭和四三年六月頃取毀されてしまつたことが、相手方岡崎たつ本人の審問結果によつて認められる。この認定を動かすに足りる証拠はない。しかして、右相手方本人審問の結果によると、右売却代金三六〇万円を同相手方が柏木某から受取つたことが認められるけれども、右代金額が現に保存されているものと認められる証拠はなく、むしろ右相手方本人審問の結果によれば、右代金として受領した額のうち一五〇万円は申立外○○産業株式会社に貸与され、残りは費消されたことが認められる。
相続開始当時存在した遺産たる物件であつても、遺産分割の審判時に現存しないものは、分割審判の対象とすることはできない。ただ、相続開始当時存在した遺産たる物件と同一視できる代替物が分割審判時に保存されている場合には、その代替物を分割の対象に加えることができると解するが、別紙目録(六)(七)記載の物件については、右代替物といいうるものの現存は認められない。たとえば、前示売却代金が銀行預金として保管されている場合ならば、これを代替物と見ることができるけれども、申立外○○産業株式会社に対する貸金債権の存在をもつて右代替物の現存と認めることはできない。
相続人の一員である相手方岡崎たつの前示売却処分に関し、本件相続人間に請求権発生の原因が考えられるとしても、その存否の確定は遺産分割の審判事項には属しないものといわなければならない。
よつて、右(六)(七)の物件については、これを本件遺産分割の対象とすることはできないものと判断する。
○○町の借地権について。
申立人は、別紙目録(八)(九)記載の借地権が本件遺産分割の対象たる相続財産として存在する旨主張し、相手方らは、右借地権はすべて既に消滅し現存しないから本件遺産分割の対象とはならないと主張するので、この点に関する判断を示す。この点に関し次に摘示する事実関係は、本件記録のほか、当裁判所が取り寄せた東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第九九五号建物収去土地明渡請求事件および同庁昭和三〇年(ユ)第四六〇号調停事件の記録に徴して認定するところである。
右宅地は、いずれももと申立外山村三男の所有にかかり、本件被相続人富次が昭和二一、二年頃、木造建物所有の目的で賃借したものであるが、昭和二五年四月一三日富次の死亡により、右借地権は富次の相続人たる本件申立人および相手方らによつて承継された。ところが、右借地上に存在する建物の所有名義が賃借人以外の○○産業株式会社となつていたところから、昭和二八年一〇月一五日賃貸人山村三男は、無断転貸を理由として、右賃貸借契約解除の意思表示を本件相手方岡崎たつに対してなし、該意思表示は翌一六日同人に到達した。そして、更に山村三郎は、昭和二九年二月五日○○産業株式会社に対し訴を提起して、所有権に基づき右土地上の建物収去および該土地の明渡を求めた。この訴訟が東京地方裁判所に係属中、昭和三〇年八月二五日同事件が同裁判所の調停に付せられ、この調停手続に利害関係人として岡崎たつが参加し、同年一二月一日の調停期日において、前示宅地(八)(九)を普通建物所有の目的をもつて同日より二〇年間坪当り月八円の割合による賃料で岡崎たつが山村三郎から賃借する旨の調停が成立し、前記訴訟は落着した。
ところで、岡崎たつが共同相続人全員のために山村三郎の前示契約解除の意思表示を受領する権限を有していたと認めうる証拠はないから、本件相続人らによつて承継された右借地権は山村三郎が、岡崎たつだけに対してなした契約解除の意思表示によつては消滅しないものといわねばならない。また、岡崎たつが前示調停手続に参加して、前記条項による調停を成立させたことは、相続人の一員たる同人が共同相続にかかる借地権につき管理保存行為を有効に行なつたものと解することができる。従つて、本件相続人らによつて承継された右借地権は、右調停成立後も存続していたものといわなければならない。
その後、右(八)の宅地は、昭和三九年一一月二七日、申立外○○教○分教会の所有に移転し、同月三〇日地目が宅地から境内地に変更されたことが本件記録編綴の登記簿謄本によつて認められるが、右土地に対する本件相続人らの借地権が消滅に帰したと認めるべき証拠は見当らない。
しかし、(九)の土地は、昭和三八、九年頃所有者山村が相続税の物納に充て、その頃相手方岡崎たつが払下げを受け、同人の所有に帰したことが、同相手方本人審問の結果から認められる。よつて、この借地権は既に消滅し、現存しないものといわなければならないから、これを本件遺産分割の対象とすることはできないい。右借地権消滅について本件相続人間に請求権発生の原因が考えられるとしても、その存否の確定は遺産分割の審判事項には属しないものといわなければならないことは、別紙目録(六)(七)記載の物件について説示したところと同様である。
よつて、○○町の借地権については、別紙目録(八)記載の物件のみを本件遺産分割の対象として審判する。
三 株式の遺贈について
本件相続開始当時、被相続人名義以外のものも含めて、被相続人に属するものと認められる株式は、次のとおりである。
銘柄
一株の金額
株数
額面の合計額
(1)
○○○○株式会社
五〇円
一八三、六六七株
九、一八三、三五〇円
(2)
○○産業株式会社
五〇円
八五、二〇〇株
四、二六〇、〇〇〇円
右の株式は、東京法務局所属公証人長谷川常太郎作成にかかる第九三〇九八号遺言公正証書の遺言に基づき、同遺言に指定された遺言執行者により、昭和三五年一二月二三日次のとおり分配された。
取得者
分配株式の額面合計
取得額面総計
相続開始時の評価総額
○○○○株式会社式の株
○○産業株式会社の株式
岡崎憲一
三、六七三、三四〇円
一、七〇四、〇〇〇円
五、二七七、三四〇円
四、五二五、三四〇円
岡崎たつ
一、八三六、六七〇円
八五二、〇〇〇円
二、六八八、六七〇円
二、二六二、六三〇円
岡崎二郎
一、八三六、六七〇円
八五二、〇〇〇円
二、六八八、六七〇円
二、二六二、六三〇円
(残余の分すなわち岡崎たつ、岡崎二郎と同数額の株式が、前示遺言に基づき、本件相続人以外の松宮晃に分配された。
本件相続開始時における前記株式の評価額は、家庭裁判所調査官雨宮康之助作成の調査報告書、前掲東京地方裁判所昭和二九年(ワ)第九九五号事件記録に編綴の○○産業株式会社財産目録および相手方岡崎たつ本人審問の結果に照らし、○○○○株式会社の株式は額面相当額、○○産業株式会社の株式は額面の半額相当と認定した。これと異る認定をすべき資料は見当らない。右の表の最下欄に記載の相続開始時の評価総額は右認定に従つて計算したものである。
よつて、右取得者三名について右各表示の相続開始時の評価総額をそれぞれ遺贈による特別受益分として民法九〇三条を適用し、後記のように各相続人につき本件の具体的相続分を定めることとする。なお、本件にあつては、同条三項に規定する意思表示がなされた事実は認められない。
四 具体的相続分
本件における特別受益関係は、前記株式の遺贈以外には認められない。
よつて、前記認定の相続開始時における遺産の総額と右株式の遺贈による特別受益関係と前示法定相続分とにより、民法九〇三条に従つて、各相続人の本件具体的相続分を算定する。
まず、相続開始時の遺産総額一八七万五、六〇〇円に前記遺贈による本件相続人の特別受益を相続開始時点で評価した総額九〇五万〇、六〇〇円を加え、民法九〇三条によつて相続財産とみなされる総額を計算すると、一、〇九二万六、二〇〇円(以下これをみなす遺産総額と称する)となる。
右みなす遺産総額に本件各相続人の前示法定相続分を乗じて得た額(円位以下切捨)から、それぞれ各相続人の前記遺贈による特別受益額を控除すると、次の表に示すとおりの過不足額が得られる。
次の表によつて明らかなとおり、相手方岡崎憲一については、遺贈の価額が法定相続分の価額を起えるから、民法九〇三条二項により、同人の本件具体的相続分はないものといわなければならない。また、その他の相続人について、右表の残額を以てそれぞれの具体的相続分を計算すると、次の式のとおりとなる。
相続人
みなす遣産総額
法定相続分
特別受益額
過不足額
岡崎 たつ
10,926,200円
×
3/9
-
2,262.630円
=
1,379,436円
岡崎 憲一
10,926,200円
×
2/9
-
4,525,340円
=
2,097,296円(-)
岡崎 二郎
10,926,200円
×
2/9
-
2,262,630円
=
165,414円
林花子
10,926,200円
×
2/9
-
0
=
2,428,044円
岡崎たつ……………(1,372,436/3,972,894) = 0.3472(小数五位以下四捨五入)
岡崎憲一……………(0/3,972,894) = 0
岡崎二郎……………(165,414/3,972,894) = 0.0416(小数五位以下四捨五入)
林花子………………(2,428,044/3,972,894) = 0.6112(小数五位以下四捨五入)
すなわち、本件相続人らの具体的相続分は、岡崎たつが〇・三四七二、岡崎憲一が〇、岡崎二郎が〇・〇四一六、林花子が〇・六一一二となる。
五 分割の判断
よつて、前示具体的相続分を基準とし、相続人らの遺産占有の状況その他諸般の事情を考慮して、別紙目録記載(一)ないし(五)および(八)の物件につき本件遺産分割をなすべきものとし、主文第一の一ないし四のとおり各相続人の取得を定め、かつ、右各取得によつて生ずる不権衡を調整するために、主文第一の五のとおり金員給付を命ずることとした。
この審判においては、各相続人間の帰属財産の価額の対比が前示具体的相続分の対比に合するように考慮した。しかも、本件にあつては、相続開始時と分割審判時とのへだたりが大きく、その間に遺産分割の対象たる財産の価額に別紙目録記載のような変動が認められるので、各帰属財産の価額の対比は、審判時たる現時の評価によつて行うのを相当と考えた。
そこで、まず、本件遺産分割の対象たる別紙目録記載(一)ないし(五)および(八)の物件の審判時の価額総計一二、八九八万九、二〇〇円に前示具体的相続分を乗じた額を出してみると、次の式のとおりとなる。
岡崎たつ128,989,200円×0.3472 = 44,785,050円
岡崎憲一128,989,200円×0 = 0
岡崎二郎128,989,200円×0.0416 = 5,365,950円
林花子128,989,200円×0.6112 = 78,838,200円
そこで、主文第一の一ないし四のとおり各相続人の遺産の取得を定め、各取得分の審判時における価額と右の式によつて各相続人について得た額とを対比すると、次の表に示す過不足を生ずる。
相続人
遺産取得額
具体的相続分による額
過不足
岡崎たつ
66,321,600円
44,785,050円
過分21,536,550円
岡崎憲一
0
0
0
岡崎二郎
1,016,400円
5,365,950円
不足分4,349,550円
林花子
61,651,200円
78,838,200円
不足分17,187,000円
しかし、遺産分割の審判において、各相続人の帰属財産の一定時点における評価額の対比を具体的相続分の比率に完全に一致させなければならないとは考えない。帰属財産の一定時点における評価額の対比が相続分の比率に一致しなくても、諸般の事情に照らし、なお相続分に準拠して分割がなされたということができるものと解する。けだし、この点についても裁判所が諸般の事情を考慮して妥当な裁量を働かせうる余地を認めているのが民法九〇六条の法意であると解するからである。
よつて、相続人間の前示過不足を重視しながら、更に諸般の事情を考慮して、財産取得によつて生ずる相続人間の不権衡を調整するための給付金額を主文第一の五のとおり定め、その支払を命ずることとした。
ところで、右の金員給付は、主文第一の一ないし四の財産取得自体によつて生ずる不権衡を調整するためのものであつて、相続開始以後遺産の管理保存等のために支出した費用および遺産による収益に関する相続人相互間の請求権利関係をも調整清算するためのものではない。右に関する請求権利関係の存否を確定することは、遺産分割の審判事項に属しないものと解すべきであり、従つてまた、本件審判において考慮される諸般の事情の中には、右の費用支出および収益に関する事情は含まれていない。
なお、審判費用中、鑑定人に支給した分については、諸般の事情を考慮して、主文第二のとおり負担すべきものとする。
(家事審判官 安部正三)
別紙目録(編略)